2打目:ティーショットで全部バレる男
むーは、スタートホールに立つと急に声が低くなる。肩を回し、空を見て、風を読み、まるで今日だけはプロになったような顔をする。
今日は芯に当てて、気持ちよく飛ばすぞ。
言い方だけは、妙に仕上がっている。グローブを締める手つきも、クラブを構える間も、本人の中では完全にツアープロである。まだ一打も打っていないのに、もうスコアだけは良さそうな雰囲気を出している。
だが、Jiボール君は知っている。こういう日に限って、だいたい最初の一打で全部バレる。
ティーグラウンドは、男の見栄が並ぶ場所
ゴルフ場の朝は不思議だ。昨日まで仕事で腰が痛いと言っていたおじさんたちが、ティーグラウンドに立った瞬間だけ、急にアスリートの顔になる。
むーも例外ではない。
今日は下半身主導でいく。手で打たない。インパクトで押し込む。最後まで振り切る。大事なのは、力じゃなくてリズムなんだよ。
横で聞いていたJiボール君は、無言でむーを見ている。理論だけなら、むーはすでにシングルプレーヤーである。問題は、その理論が一度もボールに届いたことがない点だ。
素振りだけなら、今日も完璧
むーの素振りは悪くない。むしろ、やたらと良い。ビュンという音も出るし、フィニッシュも決まる。本人も気持ちよさそうにうなずいている。
見たか、Ji。今の軌道。今日は入るぞ、芯に。
Jiボール君は、すかさず小さく返す。
まず、ボールに当てろ。
この時点で、空気は少しだけ冷える。だが、むーは気にしない。むしろ、その冷たさすら集中力だと思い込んでいる。
そして、1打目で全部バレる
むーが構える。静かになるティーグラウンド。見守る同伴者。遠くに広がるフェアウェイ。本人の頭の中では、白球が青空に吸い込まれていく完璧な映像が流れている。
そして、振った。
カッ。
飛んだ、というより、逃げた。ボールは低く右へ転がり、フェアウェイではなく、むーの自尊心だけを削っていく。
むーはしばらく止まったあと、何事もなかったように空を見る。
今のは、風だな。
Jiボール君は、すぐに言った。
風じゃない。説明より球筋が正直。
それでも、むーは次のホールでまた語る
ゴルフの面白いところは、ミスをしても次があることだ。そして、むーの面倒なところは、次があるたびにまた語り出すことだ。
今ので分かった。次は少し抑える。あえてね。大人のゴルフってやつだ。
Jiボール君は、ため息まじりに言う。
さっきまで飛ばすって言ってた人とは別人か。
むーは笑ってごまかしながら、またクラブを握る。今日もスコアカードより先に、言い訳の欄だけが埋まっていく。
けれど、それでいい。見栄を張って、ミスをして、ツッコまれて、それでも次の一打に向かう。そんなおじさんの背中には、なぜか少しだけゴルフの味がある。
次こそは、むーの言葉ではなく、球筋で語ってもらいたい。たぶん、Jiボール君はもう信じていないけれど。